■ 【しあわせの手紙】 「ハム太郎」
 

    娘が6歳で死んだ。 
    
    ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。 
    直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので 
    病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。 

    別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、 
    もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく 
    機械的に葬式をすませた。 

    初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた 
    ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。 

    とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。 
    6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、 
    とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお ♪ と歌っていたっけ。 

    ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。 
    女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、 
    服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。 

    学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし 
    成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。 

    女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、 
    必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。 
  

    一人になった俺は、今でもハム太郎を欠かさず観ている。 

    30半ばの男が、ビール飲みながらアニメを観てる光景は異様とは思うが、 
    なんとなく習慣で、金曜の6時半は必ずTVをつけてハム太郎にしている。 
    もちろん毎週泣いたりはしていない。 

    今朝、仕事に行くとき車の中でラジオをつけると、子供電話相談室をやっていた。 
    ゲストはハム太郎とたいしょうくんの声優が来ていた。 

    「どうしてハム太郎は、何かするとき(たーっ!)って言うんですか?」 
    「どうしてたいしょうくんのおへそはバッテンなんですか?」 

    二人の声優は「○○くん!あのね・・・」と一人一人の名前に語りかけ、 
    きちんとそのキャラクターを演じて答えた。 

    俺はまた泣いてしまった。一人でTVを習慣で観ていても平気だったのに。 

    聞いてくれ、ハム太郎、そしてたいしょうくん。 
    俺にも娘がいたんだ、男としての自分を捨てて父親としてのみ 
    生きる決心をさせるにふさわしい最愛の娘だった。 

    何枚もハム太郎の絵を描いた。何度も懸賞に応募した。 
    ぬいぐるみショーは地方都市優先だったから東京にはなかなか来なかった。 
    ハムちゃんずは、全国の子供達のスターだからそれはしょうがない。 

    だけど、うちの娘もずっと疑問に思っていたことがあったんだ。 
    それは「どうしてまいどくんはいつも目をつぶっているのか?」という疑問だ。 
    どうかどうか、俺の娘の名前も呼んで語りかけて答えて欲しい。 

    そんなバカで無茶なことを考え、嗚咽しながら俺は車を運転した。 
    ダメだ、ずっと冷静に暮らしているのに、ときおりこんな些細なことで 
    突然こんな風になってしまう。 



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