■ 【しあわせの手紙】 「不器用な父」


    学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
    本当は泊まる予定だったんだが、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので
    結局日帰りにしてしまった。

    母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んでいると、
    父が会社から帰ってきた。
    口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、
    一緒に居ると息苦しさを感じていたの私は、父が帰宅する前に帰ってしまいたいというのも、
    日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだの理由の一つだった。

    父が、「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、
    「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、手に持っていたドーナツの箱を私に差し出し、
    「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。
  

    駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は待たされるようだった。
    小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。3個ずつ3種類入っていた。

    家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。
    でも、私が9個貰っても食べきれないよ。
    箱の中を覗き込みながら苦笑した。

    その直後。
    あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。
    ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。
    様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも
    切なかったり苦かったりばっかりで。

    手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前みたいに
    濡れても涙は止まらなくて、
    結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。



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